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研究について

管野 貴浩

研究テーマ:① “顎骨再生医療” における分子生物学的手法を用いた実験的基礎的研究

私のライフワークは骨代謝・顎骨再生研究です。大学院博士課程研究から、一貫して顎骨外科治療に必要な顎骨再生医療における分子生物学的手法を用いた基礎的実験的研究を進めてきました。研究キーワードは、顎骨再生、骨芽細胞、(骨形成)幹細胞、生体材料です。

われわれ口腔外科領域においては、顎口腔腫瘍(良性・悪性)や顎顔面外傷、先天欠損、顎堤萎縮などにより、比較的広範囲におよぶ顎骨欠損をきたす患者さんは多く、顎骨再建手術を要する方が多くおられます。再建には、従来から血管柄付き遊離骨移植に代表される新鮮自家骨を用いた移植手術が広く行われますが、健常部位から広範な骨を採取して用いるため、外科的侵襲性と機能形態的合併症は依然として大きいのが現状です。そこで再生医療学的組織工学的手法を応用し、安全で効率的かつ効果的な顎骨再生治療の開発が強く求められており、精力的に研究を行っています。

とくに, 2012年の島根大学医学部赴任後から現在は、新規に開発された生体活性力骨伝導能を有する各種生体材料(バイオマテリアル)を中心に, 顎骨再生療法と顎骨骨治癒と骨再生促進に向けた、分子生物学的研究に取り組んでいます。

さらに、本学生命科学講座腫瘍生物学の松崎有未教授の指導を受けて連携共同研究をすすめ, 高い増殖能と分化能を持つ高純度な間葉系幹細胞 (骨髄由来未分化間葉系幹細胞および歯髄由来未分化)間葉系細胞について焦点をあて、これらを生体活性力骨伝導能を有する各種顎骨再生のバイオマテリアルと組み合わせることにより、効率的かつ効果的な顎骨再生の可能性を追求しています。

一日でも早く、これらの研究成果から、患者さんへの臨床応用が可能と出来るようその橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)をさらに発展させるべく昼夜研究に鋭意取り組んでいます。

研究テーマ:② 先進デジタルテクノロジーを駆使した顎骨外科における低侵襲手術に関する医療工学研究

口腔顎顔面外科領域において, 近年“先進デジタルテクノロジー”を応用したコンピュター支援下での低侵襲手術治療の展開がトピックスとして注目されています.

各種画像データーから得られたボリュームデーターセットを用いて, それらを各種診断ソフトを装備するコンピュターに取り込ませ, 三次元的な解剖学的構造へ画像再校正再構成を行うことで, 術前の詳細な手術計画と手術中の3次元レベルでの画像診断が可能となりました.
とくにわれわれが専門的治療に当たる口腔顎顔面領域には, 解剖学的に複雑かつ顎口腔機能に深く関与する顎骨周囲および内部の神経・血管組織が存在し, 手術治療にはこれらの存在を的確に, 診断と術式に反映せねばなりません.
したがってコンピューター支援によって, これらを詳細に描出し, 3次元的に複雑な顎顔面骨の再建と形成手術を計画が可能となることは, われわれ口腔外科医と患者にとっては, その低侵襲手術の実現に大きく寄与する結果をもたらしたのです.

また, これらは近年さらに発展応用され, 各種手術器具や器具・機材(プレートや顎骨延長器など)を実物形態で再現したシミュレーション手術や, 学術データーから裏付けされた顎顔面骨の硬組織変化からの予想軟組織および顔貌形態の変化予想シミュレーション, さらには実顔貌写真や歯型咬合模型を直接取り入れることも実現され, 従来までの仮想手術と組み合わされることで, その正確性と低侵襲性はさらに予知性の高い手術へと直結が可能となりました. また, コンピュター支援下手術に内視鏡やナビゲーションを併用することでの安全性や更なる低侵襲な口腔顎顔面外科手術が実現され, この分野の臨床研究典型は著しいのが現状です. 3次元顎顔面模型の術前作製によるコンピューター手術下支援が, この顎顔面外科分野の先進医療として昨年度から歯科保険算定認定を受けたことも追い風となり, 低侵襲手術はわれわれの領域のトピックスであります.

とくにこれまでわたくしは, 各種口腔顎顔面外科手術にこのコンピュター支援下手術を応用し, 当該分野の本邦の先駆者的グループの一員として低侵襲かつ安全な顎骨外科手術の有用性に関して臨床研究と国内外で多くの研究報告を行って来ました.今後も低侵襲で正確な、顎顔面骨外科手術の提供に、各種先進デジタルテクノロジーと臨床医学, 臨床医療工学分野研究機関との接点に焦点を当て、研究を継続発展させ、患者さんにつねに最新医療を届けて参ります。

奥井 達雄

癌骨破壊病変の制御に関する研究

大学院博士課程から一貫して骨代謝、特に癌骨破壊病変の制御に関する研究をおこなっております。その過程で生じた疑問である骨転移性癌における癌性骨痛が癌の病態に与える分子生物学的メカニズムの探求、ならびに制御を現在の主研究テーマとしております。

癌治療はロボット支援による手術術式の進歩、分子標的治療薬の開発、使用にもかかわらず、国内の年間死亡者は約40万人であり全死亡原因の30%を占めております。癌は神経浸潤(PNI)を示し、このPNIは生命予後の不良因子であることが知られていますが、この癌と神経の相互作用に関する検討はほとんどなされておりません。これは神経電気生理学的な実験手技と癌分子生物学的な実験手技の差異から生じるピットフォールによるものであります。
私は岡山大学口腔外科(病態系)にて10年以上にわたり癌骨破壊病変のメカニズムに対する研究を行ってまいりました。その後、米国インディアナ大学の米田俊之教授、David Roodman教授の研究室において乳癌骨転移による癌性骨痛に関する検討を行ってまいりました。
私はこれまでの癌骨破壊病変制御の研究を、さらに発展させ、癌と知覚神経の相互作用を検討するBone Neuro Oncologyという概念を提唱し、基礎的、臨床的検討を継続する所存でございます。

研究テーマ:① 癌性骨痛の分子生物学的検討

骨指向性悪性腫瘍は高頻度に骨に浸潤、転移し骨痛により患者のQOLを著しく低下させます。癌が骨へ進展する過程には破骨細胞による骨破壊が必須ですが骨膜、骨髄に分布し血管新生、骨形成を制御する知覚神経線維の増生と、その興奮によって引き起こされる骨痛が、癌の増大に果たす役割は全く解明されていません。

癌骨破壊病変において、癌細胞ならびに破骨細胞は細胞外にプロトンを排出し周囲の環境を酸性に偏向させます。骨内での知覚神経末端は酸感受性受容体(TRPV1)を特異的に発現しており、それらの刺激を介してがん性骨痛が惹起されます。われわれはその際、坐骨神経を結紮切断した除神経マウスでは正常マウスと比べがん性骨痛が誘発されにくく、同時に癌の脛骨骨髄から肺への転移が抑制されることを発見しました。さらに癌骨髄移植モデルマウスでは骨髄中の神経軸索伸張が増強される事を見いだし癌細胞が産生する乳酸、破骨細胞が産生するプロトンが骨髄内の神経軸索の伸長、知覚神経の興奮を介してがん性骨痛を誘発することをあきらかにしております(下図)。

(図左:4T1 乳癌細胞骨髄移植モデルマウスの骨切片. 腫瘍細胞の増加に伴い破骨細胞(赤紫)が出現し骨吸収を促進させる。破骨細胞近傍に神経軸索(紫)が誘導されていることが分かる。 図右 4T1骨髄移植モデルマウス骨髄切片の蛍光免疫染色. 4T1 移植マウス骨髄では知覚神経マーカーであるperipherin(赤)陽性神経繊維の増加を認める。

われわれは更に癌骨破壊病変の酸性環境によって活性化した知覚神経をDNAアレイにて検討し、ある種の増殖因子が増加することを明らかにしました(下図)。またこの増殖因子の阻害薬を癌骨破壊モデルマウスに投与すると癌の骨から肺への二次転移が抑制されること明らかにしました。

この結果は、癌骨破壊病変に特徴的な酸性環境が癌性骨痛を誘発するだけで無く、癌細胞増殖を促進させるといういわゆるVicious Cycleを形成している事を示唆します。

癌性疼痛は精神的に患者のQOLを低下させるものと考えられているが、われわれの研究の進捗によって、癌性疼痛が分子生物学的に癌の増大を促進することが明らかになれば疼痛をターゲットとした全く新たな癌分子標的治療の礎となる可能性があります。

研究テーマ:② 薬剤関連性顎骨壊死における粘膜上皮の上皮間葉移行の分子生物学的解析

薬剤関連性顎骨壊死(MRONJ) はビスホスホネートやデノスマブなどの骨吸収抑制薬による治療を受けている骨粗鬆症患者および骨転移を有するがん患者の顎骨特有に壊死骨の露出を主症状として発症します。MRONJは難治性疾患であり患者のQOLを著明に低下させるが、発生は稀でありその病態、発症メカニズムは全てが明らかにされているわけではありません。MRONJは抜歯などの外科的侵襲後の治癒過程における破骨細胞機能不全による骨代謝サイクル遅延が原因であることは紛れもない事実であるが、われわれはそれに付随する上皮治癒遅延がMRONJ発症に寄与することを明らかにしています。

通常の抜歯創は口腔粘膜上皮細胞によって被覆され、抜歯窩内に骨新生が起こり治癒する。しかしMRONJ においては抜歯創が閉鎖されず感染の機会が高まり、露出した歯槽骨が壊死することで発症します。

創傷治癒において上皮-間葉移行(Epithelial-Mesenchymal Transition, EMT)が重要なステップとして知られています。EMT により上皮細胞は線維芽細胞様に変化し、上皮細胞接着因子発現を減少させ、増殖、移動し、創傷を上皮化、閉鎖する。

われわれはビスホスホネート製剤であるゾレドロン酸(ZOL)を過剰投与したマウスの抜歯を行うと抜歯部の破骨細胞数が減少すると同時に上皮被覆が正常マウスと比較し遅延することを明らかにしました。(下図)。

図:抜歯部組織切片を酒石酸ホスファターゼ染色すると、通常マウスでは骨リモデリングのために多数の破骨細胞(赤紫)が動員されているが、ゾレドロン酸投与マウスでは破骨細胞数が著明に減少している。また抜歯部の上皮はゾレドロン酸投与により菲薄化し上皮脚が欠失している

また同マウスの抜歯部粘膜上皮では上皮細胞マーカーE-cadherinの高発現を認め、間葉系細胞マーカーであるVimentinの発現が著明に減弱することを明らかにしました。(下図)

(図:白点線が抜歯部. 正常マウスでは抜歯部のE-cad発現が減少し(左上)、同時に間葉系マーカーVimentin発現が増強している(左下)。一方でゾレドロン酸過剰投与マウスではE-cad発現は維持され(右上)Vimentin発現は低下している(右下))

抜歯部の骨では破骨細胞と骨芽細胞による骨リモデリングにより骨治癒が促進します。この過程で骨器質からTGF-βなどの増殖因子が遊離するため上皮細胞のEMTが促進されると考えられています。破骨細胞誘導因子であるRANKLの受容体RANKの細胞外ドメインをヒト免疫グロブリンGのFcに変換したRANK-Fcは破骨細胞の分化、活性を抑制することで骨代謝活性が高い組織(Calvalia)の培養上清からの増殖因子遊離を抑制し、それによって上皮細胞のEMTが制御されることを明らかにしました。(右図:通常培養(左上)では上皮細胞マーカーであるE-cad発現を認めるが、Calvaria培養上清で処理を行うとE-cad発現が減退する(右上)。これに対してRANK-Fcを用いてRANKLシグナルを抑制するとE-Cad発現が減少せず上皮細胞の形態が維持される)

これらの知見からビスホスホネート製剤などの骨吸収抑制薬は間接的に粘膜上皮細胞におけるEMTを抑制し抜歯治癒不全また、それに次いで発生するMRONJを誘導する可能性が示唆された。われわれはこの因子をTGF-βであると予想している。本研究はビスホスホネート製剤を投与されている骨粗鬆症患者における抜歯時に骨から遊離するある種の増殖因子を補充することによって抜歯部の粘膜上皮治癒を促進させ、MRONJが予防できる可能性を示唆している。これらの研究をトランスレーショナルリサーチとして実臨床に応用できるよう引き続き検討を行う。

狩野 正明

核異型度解析を用いた頸部リンパ節転移の予測法の確立

口腔がんの頸部リンパ節転移の有無は予後に大きく影響します。転移の有無については術前に各種画像検査を行いますが、CTやMRIでは指摘の無かったリンパ節転移が術後に判明することもあり、確実に診断を行うことが難しいのが現状です。また、頸部リンパ節転移をきたした場合、頸部郭清術が行われますが、転移の有無が術式に影響するため、術前のリンパ節転移の診断は非常に重要です。

私の研究では、術前の組織生検標本を用いて核異型度解析を行い、腫瘍の核形態を評価することで、リンパ節転移の有無を予測することを目的としています。
核異型度解析は、核の大きさの指標として、核面積と核周囲長を、核形状の指標として針状比と円形度を、大小不同性の指標として核面積変位係数を用いています。これらの指標をもちいることで、リンパ節転移を認めた症例とと非リンパ節転移症例の腫瘍細胞に有意差を見出しました。

つまり、この結果から術前に転移の有無を核形態から推測し、術式選択の一助とできる可能性が示唆されました(M.karino et al;Applicability of Preoperative Nuclear Morphometry to Evaluating Risk for Cervical Lymph Node Metastasis in Oral Squamous Cell Carcinoma. PLoS One. 2014; 9(12): e116452)。

臨床に直結した研究を大事にし、患者さんの利益になるような研究を引き続き行いたいと考えています。

松田 悠平

顎顔面口腔外科学および口腔保健学に関連する疫学研究

疫学とは、「個人ではなく集団を対象として病気の発生原因や流行状態、予防などを研究する学問」と定義されています。講座の諸先生方がマウスやラットなどを使う基礎研究いわゆるミクロの研究を展開されるのに対し、私はこれまで疫学的研究手法を用いて、人間や患者集団という大きな単位いわゆるマクロの視点で集団内で何が起きているのか、そのメカニズムを探求する研究を展開して参りました。具体的には骨修飾薬(デノスマブ等)を使用しているがん骨転移患者の薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)の発症のリスク因子の解明(Cancers. 2020 May 12;12(5):1209)、顎顔面外傷・骨折患者の吸収性固定プレートの術後合併症のリスク因子の解明(Polymers 2021, 13(6), 889)などを、Propensity Score Analysis (PS) 等の多変量解析によって明らかにして参りました。今後はinstrumental variables(操作変数法: IV)や理論疫学(Bayes, Markov 等)などより発展的な解析手法を取り入れた解析手法を応用して参りたいと思います。

がん患者のQOL(Quality of Life)/PRO(Patient-Reported Outcome)に関する臨床疫学的研究

QOLとはQuality of Lifeのことで、「生活の質」と訳されます。QOLは一般的に患者に対する自記式質問用紙(いわゆるアンケート調査)によって評価が可能であり、患者が報告する医療アウトカムの1つPRO(Patient-Reported Outcome: 患者報告型アウトカム)の1種とされています。このQOLやPROを評価するアンケート用紙は、計量心理学の理論を用いて作成されており、「尺度」と呼ばれます。近年では、QOL尺度を抗がん剤のランダム化比較試験(RCT)におけるメインアウトカムとして使用する研究や、予後予測のためのROC解析によるカットオフ値の算出、臨床応用を目的とした臨床的に意味のある差MID(Minimal Important Difference)に関する研究が行われるようになり、治療法の選択をする際に、治療効果のみならず、QOLを維持できるかどうかを考慮していくことも重視されるようになってきました。

私は、がん患者のQOLや自己効力感(self-efficacy)、介護負担感(caregiver burden)などのPROに関する「尺度開発」および開発した尺度を使用した「臨床疫学的研究」をメインテーマとして、日々研究を行っています。これまでの代表的な研究としては、MD Anderson Cancer Centerで開発された頭頸部がん患者の嚥下障害に関するQOL尺度「MDADI」のCross-cultural validationの検証を含む日本語版の開発(Dysphagia. 2018 Feb;33(1):123-132.)、口腔関連介護負担感尺度「OHBI」(Gerodontology. 2017 Sep;34(3):390-397.)、がん患者の口腔関連自己効力感尺度「OSEC」(J Cancer Educ. 2020 Mar 14.)の開発などを行ってきました。

今後の展望は、開発した尺度をメインアウトカムに設定したRCTを行い、新たな臨床のエビデンスを構築していきたいと考えています。

MDADI日本語版

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